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6月の窓から見える外の景色は一面灰色だった。
森も木も川も鳥もすべてが色彩を失っていた。
まともな建物はもはや残っておらず、辺り一面の
瓦礫と斜めになった電柱、そして遠くにポツンと
半壊したコンクリのビルが見える。
品川駅から乗った列車はひどく揺れた。ガタガタ
という音が乱暴に鼓膜を叩く。乗り合わせた乗客
は皆死に怯え、疲れた顔で床を見つめている。
喋る者は誰一人いない。
田宮清二は只一人窓の外の景色を見ていた。
目に映るもの、耳に聴こえるもの、すべてこれで
最後なのだと思うと、ふいにこみ上げて来るもの
があった。だが食べた物が胃袋から逆流するのを
我慢する様に、清二はその感情をグッと呑み込み
深く帽子を被り直した。18歳という短い人生
だったが、家族、友人、教師、素晴らしい人達に
恵まれた。後は大人達に言われた通り立派に死ぬ
だけだ。思い残すコトはもう無い。
「……恋とはどの様なものだったのだろうな。」
ふと沸き起こった疑問も清二は呑み込んだ。
その疑問を解く時間は、もう残されて無かった。
品川駅を出た列車がようやく横浜駅に到着した。
ここまでが品川線。そして横浜駅から湘南線の
浦賀行きに乗って途中の横須賀堀内駅で降りる。
それから久里浜線で湘南久里浜駅まで行くのだ。
久里浜駅に着いたらそのまま迎えの車に乗って
野比海岸に直行する予定になっていた。
「訓練が始まる前に到着できるかな。」
清二は思わず呟いた。
海軍飛行予科訓練生(予科練)として茨城県の
土浦航空基地で操縦訓練を受けていた清二に
横須賀行きが命じられた時、教官が言った。
「いよいよ米軍は本土に上陸して来る。宮田、
貴様らが敵の上陸を阻止するのだ。」
昭和16年12月に始まった米国との戦争は
昭和20年には既に一方的な展開となっていた。
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