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気弱そうな笑みを浮かべていた彼女が瞬く間に表情を失くす。
俯きながら早口の「そうですよね、失礼しました」と呟く声を耳にして、はっと手を伸ばした時にはもう、紫陽花色の傘が揺れながら数メートル先を進んでいた。
追いかけたのは何故だろう。
彼女が去っていく姿に我に返ったと言うべきか。
自分の感情が突然、紳士面の下から露呈してしまった事が我ながら恥ずかしかった。
横断歩道の手前で追いつき、「ちょっと待って」と言いながら肩に手をかけ強引に振り向かせた。
びっくりした彼女が僕を見上げる。
大きく見開いた瞳から今にも溢れ出そうな涙。
「あの…悪かった。僕の態度は酷かったと……」
「謝らなくていいですよ。
おじ様の好意に甘えている私が不快なんですよね。
もう笠倉さんの前には現れませんから…」
彼女は精一杯の気丈さを見せてぴしゃりと言った。
言葉を失い手を放して立ち尽くした僕は、踵を返し青に変わった信号を渡って行く彼女の後姿を、ただ茫然と見送ることしかできなかった。
俄に強くなった雨が全身を打ち付ける。
通りすがりの人々が怪訝そうに振り返って行く中、それが自分への罰のように感じていた。
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