0人が本棚に入れています
本棚に追加
第1章
「トラは前の親父に憧れて、刑事になったのか?」
不意に、嫌なことを訊いてくる。
「ああ。でも! 母の連れ子だった俺を今まで育ててくれたのは、あなただ。あなたには感謝しているし、尊敬もしている」
「……そりゃあ、ありがと」
今の父(養父)の頑固な顔が、僅かに緩む。
眉間のシワは相変わらずだか、口角が少し上がっている。顔色も酒のせい、以上に赤らんでいる。
俺には生き別れた父がいる。
両親は俺が8歳の時に離婚。俺は母に引き取られ、会うことはなかった。父の面影は朧気で、瞼の父というやつだった。
母はすぐに再婚したが、3年後に病で他界。
血の繋がりのない父と息子が、残された訳だが……本当に今の父には、感謝と尊敬をしている。
親戚やまわりからは、俺を施設に預けて、新しい人生を勧められたらしいが、
「うるせえ! コイツは俺の息子だって、俺が言ってんだ! 外野がガチャガチャ騒ぐんじゃねえ! 新しい人生? 新しい人生ならとっくに始まってるよ。コイツとの父子人生がな」
そんな養父に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、俺は瞼の父に憧れていた。ああ、憧れてたんだ!
瞼の父は刑事で、あまり家にいなかった記憶だ。それが離婚理由だろう……と思い込んでいた。
それでも、たまに帰れば遊んでくれたし、父の犯人を捕まえた話に、俺は興奮し、強く憧れた。父は幼い俺の絶対的ヒーローだった。
「で、親父さんがどこに行ったのか、わかったのか?」
養父がタバコの煙を吐き出し訊く。
「母と離婚した後、刑事も辞めて、しばらく行方不明だったみたいなんだ。その後の足取りも、同僚だった人たちは、知っているっぽいのに、何故か言葉を濁して、逃げてしまって……」
「妙な話だな。息子が父を探しているのに、教えないなんて。……嫌な話だが、お前は会わない方がいい状況なんじゃねえか?」
養父は声を低くして呟く。
「借金まみれとか」
「俺もそれを考えたし、犯罪者になっていることさえ考えたよ。でも、父の同僚だった刑事から、何度もせっついたら、居場所を教えてくれたよ」
「おう、良かったじゃねえか……」
養父はそう言いながらも、複雑な表情をした。
「……で、会ってどうだった?」
「……俺の瞼の父はもういない」
「は?」
「新宿二丁目で女になってた。源氏名マナミ」
瞼の父はおかまの父になっていた。
最初のコメントを投稿しよう!