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彼女の得意のフレーズだ。俺が一人寂しく珈琲だけを飲んでいると、必ず声を掛けてくれる。彼女の言葉を聞きたいがために、俺は本を持っていかないし、ただ一人でこの席に座る。
「お茶の中でもさ、花が開くお茶があるんだよ。工芸茶っていってさ……」
次の日。
彼女は突然いなくなった。厳密にいえば、彼女は留学することになったのだ。それは始めから決まっていて、俺が介入する余地のないものだった。
悔しかった。彼女にはよき理解者であると自負していたからだ。彼女にとって俺はただのクラスメイトだったのだ。
留学するといっても、半年間だ。彼女は父親のいる海外へ行くらしい。
半年という期間は短いようで長い。俺達はその間、考え方も大きく変わるだろう。中学生が高校生に変わる速度は四季の変化よりも早いのだ。
季節を越しても、俺はあの珈琲店に行くことはなかった。彼女のいない店に何の魅力も感じなかったし、彼女にとって俺はそれだけの人物だということも思い知らされた。これ以上、関わっては自分が傷つくだけだと思った。
季節は夏から秋へ変わり、冬へと入った。あの頃は半袖で風を浴びながら話していたが、今はマフラーにコートまで掛けている。
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