Ab-No-Anomaly

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その後暫くして、ゼロは新たな手掛かりを最後の一押しにすべく捜査の拠点へと蜻蛉返りした。しかし窓から飛び出して行ったゼロの表情は再び戦地とも言える場所に赴くとは思えないほど清々しいものであった。 「……」 アノマリーはそんな弟の様子を思い浮かべながら、再び主と光を失った書斎と言う名の図書室でただ静かに佇んでいた。 音を感知して周囲の状況を察知する生物に過剰なまでの静寂はストレスであり、それを避けるために窓はそのままになっている。緩やかな夜風が吹き込み、それによって靡くカーテンはまるで寄せては返す波のようであった。その小さな音が呼び水となり、アノマリーの脳に刺激を与えて過去の記憶を呼び起こす。 最初はつい先ほどのじゃれ合いから。何かにつけてゼロ達にちょっかいを掛けていたが、あそこまで手応えがあったのは久々であった。僅かな時間でゼロに元気を与える方法は一つしかないと判断し、その見込み通りゼロの力になることができた。 嬉しかった。 「そう言えば、ついさっきまで仕事場としてしか使っていなかったから忘れてたわ。この部屋に来るのも、随分と久しぶりね……」 記憶がとめどなく溢れ、アノマリーはその流れに逆らって意識を奥底に向かって潜らせる。もっと深く、深く。 かつて父の仕事場でもあったこの部屋は、幼き日の姉弟にとっては格好の遊び場であった。無数の文字があらゆる知識を授け、無限に広がる魔法陣は極上の玩具となる。失敗も、度を過ぎた戯れで叱られたことも一度や二度ではない。そんな日々を通して二人の才はより崇高なものへと磨かれて行く。 しかし、ある時その頂はほんの僅かに護るべき者が想定した倫理の範囲を踏み越えてしまった。 『あ、ああっ……』 『ゼロ、この魔法陣を起動したの!?これは……!!』 ……… …… … 「いつだって、貴方のことを大切に想ってる。だって私は……」 微睡の中、アノマリーは少しばかり短くなった片翼を撫で、口遊んだ言葉を夜風の中に溶け込ませた。
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