雪消の候

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司が声を出そうか、それともせっかく下した腰をまた上げよかとまごついているとフランソワが来訪に気が付き歩み寄ってくれた。それと同時に気になっていたもう一人の正体が判明した。 「あ、お久しぶりです」 「その節は……どうも」 先程までレミューリアの怒号を聞いていたからか、その蜥蜴のような風貌をした青年の声はより一層小さく感じられた。しかし身の回りでは珍しいその心身共に細々とした雰囲気が強く印象に残っており、司は記憶を辿るまでもなくポールのことを思い出すことができた。 「あれから一緒に遊ぶようになったんだ」 「うん。ポールさんと虫さんやお花のことについて話すと、凄く楽しいの!」 「そこまで持ち上げられると……恐縮しちゃうね」 ポールは昆虫や植物に対して深い造詣と好奇心を持ち合わせ、自室を改造した箱庭でそれらの観覧を嗜む所謂マニアと呼ばれる人種である。フランソワがゼロに黙って蝶を町に連れ出し迷子にさせてしまった事件を切っ掛けに司達と出会い、特にフランソワとは同じ嗜好を持つ仲間として人知れず友好を築き上げていた。 ポールがフランソワ以外と関わり合おうとしない内向的な性格をしていることもあり、二人の交流は生活の場が近いヴァイスしか知らなかったが、今こうして司に知られることとなった。 「ところで、司さんはどうしてここに?マグナか、ケセルと一緒にお城まで帰ったと思ったのに」 「僕もそう思ったんだけど、何か聞きたいことがあるみたい」 「それじゃあ……余所者は席を外した方が良さそうだね」 「あ、いやいや、そんな大したことじゃないです。すぐ終わるんで」 「別に帰ったりはしないよ……さっき集めた落ち葉、今の内に山にして整えておくだけ。後で堆肥にするだろうからね」 その言葉から、ポールは単なるフランソワの遊び相手ではなくこの農園の一員であることが伺えた。
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