雪消の候

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山中に聳える巨大な湖とその水を推し留める氷の壁から成るダムは、ウォンベルトに暮らす人々の生活や川下に広がる大農園の運用を担う心臓部である。その管理を一手に担うレミューリアは滅多に持ち場を離れることはない。 近頃はシダ達と息抜きをする機会は減っていたが、それと入れ替わるように台頭した新たな趣味にレミューリアは熱中していた。 「……こんなところかしらね」 ダムは重力式と呼ばれる型を採用しており、湖面に接しない方の壁が外側に傾斜しているため下部に向かうほど厚みが増す。このことから、壁内に設けられた空間も下部に向かうほどに静けさが増すようになっている。長い通路を何度も折り返した先にある最下層の小部屋にて、レミューリアの溜め息交じりの声が響いた。 一段落着いても未だに険しい目線の先にあるのは、作業台に乗せられたオブジェであった。それは氷のブロックを削り出して形を作るいわゆる彫刻と呼ばれる類のもので、細部まで整えられた多角形の結晶体が光を複雑に反射しながら煌めいている。素直な感性を持つ者なら間違いなく賞賛に値する芸術品であるが、態度の通りレミューリアはこの出来に納得していなかった。 レミューリアの克己心が常軌を逸しているわけではない。ただ一つの不満は、この結晶体が植物を模して造ろうとしたものであると言う点に尽きる。 オブジェはダムの壁と同じく魔法で生成された氷が使われており、それはありふれた建築素材を遥かに上回る耐久性と自然の熱では決して溶けない氷らしからぬ特性を併せ持つ。 しかし、それは裏を返せば細かい加工や繊細な表現には使えないことを意味していた。頑丈過ぎるが故に、加工面がどうしても直線になってしまうことがレミューリアの悩みであった。 973e99ae-32e9-4db7-a3c3-0be7e3d96d03
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