雪消の候

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そして運命の時は訪れる。 作業部屋の壁が見るも無残に砕け散り、並みの生物が浴びればその体が粉々になるほどの威力を持った水流が作業部屋に押し寄せた。レミューリアは本能的に退避を選択し上に上る通路に逃れていたものの、安堵の溜め息を吐こうなどとは全く思えなかった。 ダム壁の中に空洞を作る際、当然レミューリアは水に接している側の壁を可能な限り厚くするように設計した。そのしわ寄せが反対側に行くこともまた必然である。 「あ、あっ……!」 レミューリアの佇む通路に水は登って来なかった。もしそうならどれ程良かったことか。水流は瞬く間に作業部屋を埋め尽くし、それと同時に更なる破壊を進行させた。絶望の表情を浮かべるレミューリアの目の前で、今度は反対側の壁が砕けた。即ちダムに穴が開き、水が外に流れ出ると言うこの上なくシンプルで深刻な事態である。また、長年魘され続けた悪夢の具現化でもあった。 誰からも邪魔されず、低温で乾燥した理想的な環境を有するプライベートな空間。ゼロへの贈り物である氷像造りにはこの上なく重要なものであるが、客観的に評すれば私利私欲の具現化に過ぎない。そんなものを公共物のど真ん中に作り上げ、結果として今、正に大惨事を招こうとしている。ミスが重なった不幸など言い分にも、慰めにもならない。寧ろ恥の上塗りも良いところである。 「とっ、水を、と、止めないと……!」 恐れるのは恥や不名誉か。否、悪夢は終わっていない。爆発的な水流は既に山の下部に向かって放たれてしまった。その先にはヴァイスとフランソワの仕事場や、ウォンベルトに供給される食糧の大半を生産している大農園がある。 これを食止められるかが、レミューリアの今後の生き様を決める最大の分水嶺であった。
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