雪消の候

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何度も折り返す長い通路を走り抜け、ダムの天辺にある出入口を目指している余裕はない。レミューリアは生まれて初めて、大切に護り抜いて来たダムの壁に向けて「砕けよ」と命じた。 穴から飛び出して行く水を追い掛けるべく、その真横に自ら穴を開けて飛び出した。ダムから暫く先は、放流された水の勢いを軽減するために緩やかな傾斜が続いている。自分はケセルほど速くは飛べないが、落下の勢いを利用して滑空すれば流水の先頭には追い付ける筈だ。そして追い付けば、今飛び出した分の水流を凍らせることができれば、最悪の事態は回避できる筈だ。 「嘘、でしょ……」 そう意気込み、急降下を開始しようとしたレミューリアを再び鳴り響いた不吉な音が引き留めた。振り向くと、今度は、ダムの外壁にも亀裂が広がりつつあった。 魔法で作られた氷は魔力を介さない熱で溶けることはなく、一般的な建築物に用いられるコンクリートよりも遥かに優れた強度を持っている。しかし、その制御は使用者の精神に大きく依存すると言う短所も持ち合わせていた。 『砕けよ』 その命令は、レミューリアが通れる最小限の範囲に留めておかなければならなかった。無論レミューリアはそのつもりであったが、精神の動揺から魔力のコントロールが乱れ、水面に波紋が広がるかのように外壁の想定外の範囲まで伝播してしまった。 ミスが動揺を呼び、動揺は更なるミスと惨事の火種を引き連れて主の下へ戻って来る。どれだけ優れた魔法が溢れる世の中であろうとも、その理から逃れることはできない。 外壁の、全体からすればまだ極一部の範囲であるがそれでも関係ない。もしも穴と亀裂がこれ以上広がれば、レミューリアが最初に想像したレベルの災害では済まされない。前代未聞の大惨事は、直ぐ傍までやって来ていた。
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