雪消の候

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もう、悲鳴の一つも上げられない。肺の底が冷たくなり、冷気を纏った体に蓄えた生命の熱が青息と共に根こそぎ抜け出て行くような感覚。心身共に凍え、震え上がる。氷の使い手ともあろう存在が何とも無様であったが、レミューリアはそれを自覚して立ち直ることすらできなかった。 「誰か……誰か助けて……っ!」 もしこの状況を何とかできる救世主がいるとすれば、共に湖を管理しているラルフィしかいない。異変を察知したラルフィがダムの穴から飛び出し、水流の先頭に追い付いてコントロールする。その隙に自分がダムの穴を塞ぐ。それしかない。 しかし、他人に頼ると言う弱味を解禁しても尚、救いは訪れなかった。こともあろうにレミューリアは、水中から作業部屋を好奇心で覗かれて気が散ると言う理由で暫くの間ダムに近付かないようラルフィに言い聞かせていた。 全ては自らの傲慢が撒いた種。万策は尽きた。レミューリアが足掻くことを諦めて目を瞑ろうとしたその時、空中にいる自分にも分かる程に大きな地響きが鳴り響いた。 「ヴァイス、そんな低い壁じゃあダメだ!まだ後ろからどんどん来てるよ!もっと高く!」 「ケセル……!?」 目を見開いて驚くレミューリアの目の前で、ケセルが下にいるヴァイスに指示を投げ掛けている。そして声の先にあったものは当然、ヴァイスが川底を隆起させて作り上げた土の壁である。 竜の如き水流は壁にぶつかり堰き止められるが、その程度で侵略の手を緩めようとはしない。ケセルが警告した通り後続を瞬く間に取り込んで頭を膨らませ、乗り越えようとする。ヴァイスが負けじと壁を高くすれば、今度は分裂して脇から擦り抜けようとする。 自分と話をするためにここまで戻って来た兄弟達の奮闘を、腑抜けてしまったレミューリアは呆然と眺めることしかできなかった。
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