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その後はひたすら「登る」の一言であった。
司が初めて訪れる名も知らぬ山は見たこともない動植物や昆虫が溢れており、未知の世界が眼前に広がっている。しかし、足を止めて綺麗な花に見惚れるようなことはしない。
息を切らせては整え、ヴァイスに付いてい行こうと無理をしていないか常に自問自答を繰り返す。ヴァイスは適宜後ろを振り返りながらペースを調整し、時折目に映る自然について語らうことで司を楽しませてくれる。
大きな挑戦をするに際して理想的な環境が整っていると実感していたが、数時間が経過したころ綻びが見え始めた。
「なんか、寒くなってきたね」
本来であればこれから昼下がりに向かうにつれて段々と気温は上がっていくはずだが、太陽が雲で隠れ始めた途端に寒気が周囲を包み込んだ。
「……来てしまったか。これもまた運命かな」
山の天気は変わりやすい。陽が遮られ、気温が下がる。ヴァイスの呟きはそのように単純な自然現象を指しているような雰囲気ではなかった。
「これから天気が結構荒れるかもしれない。雨風をしのげる場所を早めに探しておこう」
「うん、分かった」
しかし二人を待ち受けていたのはそれよりも過酷な降雪であった。朝の気候からは想像も付かない空模様に司は面食らい、思わずヴァイスに先ほどの呟きの真意について尋ねた。
「この山の気候は特殊なんだ。まあ、この山って言うよりかは僕達が暮らしているウォンベルトみたいな主要の町から離れた場所の気候は荒れ気味になるって言った方が正しいかな」
「その原因は、さっき言ってた『運命』って言うのと関係があるってこと?」
「そうだね。話すと長くなるけど……どうやらその時間はたっぷり取れてしまいそうだ」
降雪のペースがまた一段と強まった。
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