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立つ人
残業が思いのほか長引いて、終電に飛び乗ることになった。
座り放題の座席に腰を下ろし、走り出した列車の揺れに誘われて意識を手離す。
どのくらい時間が経過しただろうか。ふと、人の気配を感じ、俺はうっすらと目を開けた。
目の前に誰か立っている。座席はガラガラなのに、どうして俺の前にいる間だろう。
何か用事でもあるのか。あるいは酔っ払いか何かの嫌がらせか。
圧迫感があったので、どいてもらう、あるいはこちらが移動しようと、顔を上げかけた時に気がついた。
立っている人の背景が透けている。つまり、この人は…。
今、どの辺りだろう。顔を上げられないので確認ができない。といううか、たとえ駅についてアナウンスが鳴ったとしても、多分動いたらダメな気がする。
この路線の最終駅は…ああ、幸いにも、利用駅とは三つ程しか違わないから、そこで降りたとしても、近くのネカフェで夜明かしをすれば、明日の出社にはさして響かない。あるいは、タクシーを拾うか、頑張って歩くという選択もある。
ともかく、最寄り駅に着いたとしても動かない。終着駅に就き、車掌にに起こしてもらうまで、俺はこのまま眠ったフリを続けていよう。
多分それが、この列車から唯一無事に降りられる方法だ。
立つ人…完
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