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「海月さん、緊張してる?」
人懐こい笑顔が私を覗き込む。
この行為は最早毎朝の習慣で、同時に私の緊張を解してくれる儀式みたいなものに成っていた。女性陣のやっかみを買うのだか、正直な所助かっていると告白しよう。
緊張していないとは言い切れないのだから。
深海が恐ろしい程の暗闇の世界だと知っていた筈なのに、現実に潜る事になってその恐ろしさを身に染みて体験した私は上手く緊張を解せないでいた。
初回の事故のせいだと分かっている。
海底にたゆたい転がる、新種とおぼしきナマコの仲間を捕獲する為に手を伸ばした時だ。
水圧に耐えうる設計のライトが故障した。
瞬時に視界は奪われ、真っ暗闇が私を取り囲む。
単純な事故で有り、深刻な事故。
見えない恐怖が私の理性を凍り付かせ動かなくした。
脳裏を、潜る前に機材の保管してある部屋から去る女性の後ろ姿が過ぎた。
人為的にやられた? 補助のライトも点かない。
疑念が取るに足らない光景を悪意有るものに変える。
その中で触れて来る得体の知れない生物。
捕らえ様としたナマコか?
否、これは本当に生命あるものなの?
危険だと講習を受けた乱泥流ではないのか?
それは資源の乏しい深海へと、命を繋げる有機物を運んでくれる泥の雪崩。
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