過ち

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夏。うだるような暑さ。俺の嫌いな季節。 放課後、ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら向かうのは体育館とは別に併設された剣道場。 開け放たれた鉄の扉をくぐり、内側の木製のドアの影から中を覗く。 室内は外よりも更に蒸し暑く感じ、まるでサウナ状態だった。 中では数人の剣道部の生徒が練習に励んでいる。 (あいつは──) 面のせいで顔はよく見えないが、背格好から直ぐに長瀬は見つかった。 他の男子生徒より頭一つ分小さい彼は背の順に並んでいなくても割と探しやすかった。 「やああぁー!」 気迫のこもった甲高い掛け声と共にバシッ、バシッ、と竹刀同士のぶつかる乾いた音が響く。 こんなに暑い空間で、更に熱のこもる防具を身に付けて動いているのだから大したものだ。 俺だったら絶対に御免こうむる。 「やめー!」 顧問の体育教師の号令のもと、それまで打ち合っていた動きが一斉に止まった。 どうやら練習終わりの合図だったようで、一度整列し礼をした後、生徒達は思い思いの場所で防具を脱ぎ始める。 すると、面を脱ぎ視界が開けたからか、俺の姿に気付いた長瀬が満開の笑顔でこちらに向かってぶんぶんと手を振ってきた。 (子供か、お前は) 他の生徒に見られ気恥ずかしさを感じつつも緩く手を振り返してやる。 勇ましく竹刀を振るっていた姿からは一変、まるで子犬のようないじらしさに、何故か少しきゅっと胸が締め付けられた。 その刹那、ふと視線を感じた。 その方向へ顔を向けると、見覚えのない生徒がいた。 (誰だ──?) 袴姿のそいつは俺と目が合うなりさっさと歩き出して行ってしまった。 知り合いだったかと顎に手を当て思考を巡らせていると、防具を脱いだ長瀬が袴姿のままぱたぱたと駆け寄ってくる。 「僕の格好いいところ見てくれた?」 「おー見た見た。てかあちぃ」 「ちょっと待ってて、今着替えてくるから」 くるりと方向転換し走り出そうとした長瀬がはっ、と何かを思い付いたように再び俺を振り返った。 「僕、涼しいところ知ってるんだ。そこに行こうよ」
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