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「先輩、頼りにされてるんですね」
開店準備を終え、営業を開始して早3時間。店内には様々な年齢層のお客が出入りし、本棚を見て回っていた。
「やっぱり、先輩みたいに力持ちじゃないと、この仕事続けるのはむずかしそうですね」
人気のある本は直ぐ売り場からなくなる。今俺が取り掛かっているのは、裏の倉庫から在庫のある本を補充する作業。
いくら売れる本が倉庫に大量にあったところで、それを店頭に並べなければ買ってもらえはしない。
それゆえに、この作業はお店の売り上げにダイレクトに関わる結構重要な仕事なのだ。
「筋トレでも始めようかな。先輩はどんな風に身体を鍛えてるんですか?」
そんな肝心な作業をしている俺の横で喋り続けるのはデキるアルバイト店員。
「先輩?聞いてます?」
「……お前、何でここにいんの?向こうの棚やれよ」
「ああ、もうそこは終わりました。」
(つくづくムカつくなコイツ……)
入って間もないバイトに入り組んだ仕事は任せられないという理由もあるが、いくら俺が指示を出し仕事を与えようが、無駄に要領がいいコイツはさっさと終わらせ、にこにこ上機嫌で俺の横へ戻ってくる。
初日はその手際の良さに素直に肝心していたものだが、今となってはただ憎たらしいだけでしかない。
(頼むから、向こう行っててくれ)
コイツといるとペースを乱され仕事には邪魔な物思いにとらわれるから、なるべく一人で作業したかった。
「……先輩の手、角張っていて男らしいですね」
ふと、辻の視線が少女漫画の背表紙に添えられた俺の手を舐めるように滑る。
ぞくり、とその視線にただならぬものを感じ、俺は辻から隠すように右手を引っ込めた。
「その手で長瀬先輩は──犯されたんですね」
間を置いて繰り出された言葉。
その一言に指先が震え、手にしていた漫画を取り落としそうになった。
「っ……何、言い出すんだよ……!」
「ふふっ、目に見えて動揺してる。可愛いなぁ」
獲物を見つけた肉食獣のように、目を細めて楽しげに笑みを浮かべる辻。
誰に聞かれているかも分からない今の状況で、その話題は軽々しく口に出していいものじゃない。
「その時、先輩はどんな気分でした?」
動揺する俺をさらに追い詰めるかのように、そっと俺の耳元に顔を寄せ辻が悪戯っぽく囁いてくる。
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