変化

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──いい加減にしろよ。 「ねぇ、せんぱ──」 俺は勢いよく立ち上がると触れようと伸びてきた辻の腕をがしっと掴んで、強引にバックヤードへ引っ張っていった。 「わっと、いいんですか?仕事中なのに」 「レジは任されてねーから問題ねぇよ……てかお前が言うな!」 いくつかの視線が俺達を振り返っていたような気がしたが、そんなのに構っていられない。 staff onlyとかかれた黒い暖簾を払い除け、疎らにダンボールが積まれた殺風景な白い通路の壁に辻の身体を押し付けた。 「お前、どういうつもりだよ……?」 半ば脅しのように怒気を滲ませ胸倉を掴みあげる。 「何で長瀬の話題ばっか振ってくんだよ?俺をからかって楽しいのか?」 「はい、楽しいですよ」 「なッ……」 にっこりとした笑みとあまりにあっさりとした返事に、俺はとっさに返す言葉を見失った。 「俺、先輩のそういう所好きです。自分の感情に正直なところ。──俺にはとても真似出来ないから」 殴りかからん勢いで掴みかかっているというのに、辻はうっとりと熱を孕んだ瞳で見つめ返してきた。 (は?……好きって、まさか、そういう意味じゃないよな──?) 予想を反する言葉に今まで抱いていた怒りを忘れかける。 そんな俺の混乱を読み取ってか、辻は更につらつらと言葉を重ねていく。 「今、先輩の目には俺が映っている。その事実だけで俺は嬉しくて仕方ないんです。あの時は見向きもされなかったから」 (あの時──?) 高校時代の話だろうか。だが、辻の言う"あの時"が過去のどの場面を指しているのか、俺にはまるで見当がつかなかった。 「けど、俺も少し調子に乗りすぎましたね。ここじゃあ人の目も耳もありますし」 もっともらしいことを呟いては俺の肩に手を置き、ダンスパーティーに誘うレディーのように身体を寄せて首を傾けてみせる彼。 「続きは先輩の家で2人きりで話しましょう?」
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