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「あ、これですか?」 答える私は台所の中、 弱火にかけた鍋の中身を休まずかき回している。 ようやく溶けだす小豆色。 「水羊羹(みずようかん)です」 「水羊羹?」 なめらかになるまでまぜて、 家から持参の型に流しこむ。 「横宮さん、冷蔵庫冷蔵庫」 「あ、はいはい」 水羊羹で手がふさがった私の頼みで、 横宮さんが冷蔵庫の扉を開けてくれる。 冷え冷えとした棚の一段に収められる二つの型。 「よしっ。あとは固まって冷えれば完成ですね」 「…栗ちゃん?」 「はい」 器具の後片付けにとりかかった私に、 横宮さんが珍しく戸惑った声を向けた。 「確かに、台所を使ってもいいよって言ったのは 僕なんだけど……。 どうして、うちで水羊羹を作ってるのかな?」 珍しく── 本当に珍しく、横宮さんが困惑してる。
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