前章

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「………」 横宮さんは黙っている。 どうしたのだろうと振り向くと、 うちわを持たないほうの手を口元に当てていた。 肩がかすかに震えている。 「あぁっ、笑ってますね!」 「いや…栗ちゃんらしいなと」 「どういう意味ですか!」 私だって、 洋菓子ならちゃんと美味しいものを作れるのに。 「ごめんごめん」 平謝りするお隣さん。 けれど笑うのをやめる様子はない。 近づこうとすると、さりげなく居間へ逃げていく。 それがなんだかいつも通りの光景で、 私は追いかける気をなくして廊下に佇んだ。 木の床の冷たい感触と、 窓の外で鳴く蝉の声。 季節はまだ、夏。 「まったく。 今度はきちんと計画的なんだから」 窓の外にちらちらと光る緑を眺めて、 私は、腰に手を当てて独りごちた。 *
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