前章

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それなのになぜ訊いたかといえば、それは、 ひとつの口実にしたかったから。 私がお隣の庭に忍びこんだことで引き起こされた、 あの初夏の騒動の後。 扉の向こうに垣間見た世界へ興味を示した私に、 横宮さんは機会があればねと言ってくれた。 けれど機会がないのかその気がないのか、 あれからその話は全く出てこない。 こちらから言いだすのもどうかと思っていたのだけれど、もうニヵ月以上たつ。 ちょっとだけ、話だけでもと思ったのだ。 それでこんなことを言ってみたのだけれど、いざ尋ね返されるとなかなか踏みこめない。 「あの、実は…… 狐さんどうしてるかなって思いまして」 口ごもった挙げ句飛びだしたのは、 あの夜にたった一度きり会って、とてもお世話になった方の名……あれ、名前なのかな。 「狐さんって…狐さん?」 「は、はい、狐さんです。 よく考えたら私、お礼とかいろいろ言えてないですし、そのためにもまた会いたいなーなんて」 ああ、もうこれで通しちゃえ。 心中やけくそになりかけた私の向かいで、 横宮さんがふと考える顔を見せた。 「──君がお祖母さんの家に行くのは、 お盆の頃だっけ?」 「へ? あっ、はい」 唐突なことを訊いてくる。 「どこにあるか聞いていい?」 「あ…えっと、田舎の方ですよ。 都会っぽい所もありますけど、 基本は、山に囲まれていて──」 少し戸惑いながら、 それでも訊かれるままに場所を答えてみる。 何かあるのかなと正面の人をうかがうと、 意味ありげな表情がちらりと映った。
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