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本編
大都会の駅のホームの階段を颯爽と上っていると、数段先の若い女性の足元のヒールがグラついた。
「おっと!」
がしっ!
私は間一髪、女性の細すぎる腰に手を差し伸べ、彼女のからだを受け止めた。
男女が社交ダンスを踊る体勢のような位置で、私と女性の目線がバチッと合う。
「大丈夫ですか?」
まぁ返答を聞かなくてもわかるけどね。あなたは今、私のとりこだ。
「だ、大丈夫です。すみません。貧血気味で――。ありがとうございます」
私たちは体勢を直し、お互い距離を置く。
「あの――そちらこそ、大丈夫ですか?」
女性がなにやら言いづらそうに見てくるが、私は
「私は平気ですよ。ヒールで走ったら危ないから、気をつけてね」
笑顔でそれだけ言うと、階段を上って行った。
こういうのは、引き際が大事なのだ。
振り向かなくても分かるさ。
彼女は今も私の背中へ、熱い目線を送っていることだろう。
あぁ。連絡先がダメなら、せめて名前だけでも聞いておけば良かった――
等と思いながらね。
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