北河主任

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その日は朝から病棟がざわついていた。 宗麻が現れたのかと思ったけれど、違った。 騒しい中心にいたのは、北河主任。 なんとなく嫌な予感がした。 「やっぱり北河主任ってすごいっ。」 「北河主任、羨ましいです~。」 一体何だって言うんだろう。 カルテやレントゲンの整理をし、今日の予定をチェックしながら、聞き耳をたてる。 「それで、その指輪はやっぱり宗麻さんからのプレゼントなんですかぁ。」 「今日のデートの記念にって、その時に買ってくれたのよ。」 まんざらでもなさそうな顔をして、主任は左手の薬指の指輪を見せびらかす。 嫌な予感は的中。 そんな話、聞きたくなかった。 冷や水を浴びせられたよう。 北河主任を堕としたって、宗麻は言ってた。 だから美月はこの間宗麻とランチを一緒にしたんだし。 でもだからと言って、本当に主任とデートまでするなんて思わなかった。 美月に気のある素振りで近づいておきながら。 記念に指輪までプレゼントして。 「いいって言ったんだけど、彼がどうしてもって言ってね、押し付けられたのよ。」 そして勝ち誇ったように美月をみる。 何故イチイチ美月を敵対視するのか。 北河主任が相手では、美月では足下にも及ばないと思うのに。 若くてキレイで、主任というポストにいる上、仕事も出来る。 最近は少し、性格の良さが崩れがちだけど。 「押し付けとか言ってぇ。羨ましいです~、主任。ねえ、槇原さんもそう思うでしょ。」 唐突に話をふられて戸惑う。 「あ、ええ、ホントに…。」 とりあえず合わせておく。 でも、惨めだ。 これは、宗麻が北河主任を選んだってことなのだろう。 美月は気を持たされただけで。 からかって遊んでたのかも。 宗麻が女たらしだってのは、入院中から分かってたことじゃない。 来る者拒まず、節操なしな男。 美月にとっても自分の立場を考えてわきまえろって、ことなんだと思う。 だから自分に言い聞かせるように呟く。 本気になったりしなくて良かった。 惨めに思うのは、きっとこの年になってからかわれたせい。 北河主任を見れないのも、きっと。 それでも胸が痛むのは気のせいだ。 だから、何でもない風を装って、ざわつくナースステーションを後目に、そっといつも通りの仕事を始めた。
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