混沌

20/20
前へ
/42ページ
次へ
それからはなるべく時間を作り父に会いに行った。 失くした何年もの時間を埋めることはできないけど、会うことが大切な気がした。 死の近くにいる父は、死を恐れて何もかもに目を瞑って逃げた私とは違った。 強くて、賢くて逞しい。 本当は痛くて苦しい筈なのに、一生懸命話す父。 私は痛みや苦しみから逃げ続けたのに…、全てを、死さえも受け入れて私に語りかける父。 初めて会った時の…あの不思議な感覚。 この人と…もっと早く出会っていたら、私の人生は確実に変わっていただろう。 私を今まで見つけられなかった事を悔やむ父に…これ以上悔やませてはいけないとわかっていても、父は全てを話してくれと懇願する。 今までどんなに酷い目に遭ったのか、どんな痛みと苦しみを生き抜いてきたのか…話しながら二人で泣いた。 父に話すことで、あの薄暗い部屋のカーテンが少しずつ開いていく気がした。 そして心の傷も少しずつ癒えていく気がした。 「リカ…」 父が私の頬に触れる。 「もう苦しまないで。私が…リカの苦しみと痛みを全て持って行くから…」 必死に首を振る。 「どこにも…っ、行かないで…」 「ああ…ずっとここにいたい。リカをずっと見守っていたい…」 泣きながら痩せた父の胸に顔を寄せる。 「いなくならないで…」 「リカはもう一人じゃないだろう?川辺夫婦も、心強い友達もいるじゃないか。」 「お…父さ…んっ…」 「リカは…強い子だ。これからどんな悲しみが訪れても、きっと乗り越えられるよ。」 父が私の涙を拭う。 「泣かないで、リカ。」 鼻をすすると父は笑った。 それが…私が見た最後の笑顔だった。 父の病状は一気に悪くなった。 私の心の膿を全て吸いとったせいで病気が悪化したように思えた。 やはり話すべきではなかった…。 父は私の苦しみと…自分の後悔の念を抱えて旅立とうとしている。 「どうして…もっと早く…っ、会いたかったよ…」 そして数日後…父は眠るように息を引きとった。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加