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菜々はゴクリと唾を飲み込むと、思い切ってそのバーのドアノブに手をかけた。引いて開けたとたん、テンポのいい音楽が漏れてくる。そして、淡い照明とともに目に飛び込んできたのは、バーカウンターの向こうでボトルを放り上げているバーテンダーの姿。
(え?)
菜々は驚いて反射的にドアを閉めていた。
(何、あの人。バーテンダーの格好をしてたよね? なんでボトルを投げてるの? ケンカ? いや、それより飲み物を粗末にするなんてっ)
ここは一つ、食料自給率の低い国の国民として一言注意してやらねば。
菜々はドアノブを握る手に力を入れたが、思い直してノブから手を離した。
(やっぱやめよう。私、この店、初めてだし。関わり合いにならない方がいいよね)
菜々が再び駅に向かって歩き始めたとき、背後でドアの開く音がした。
「入らないの?」
耳に心地良い低音で話しかけられ、思わず振り向くと、さっきボトルを投げていたバーテンダーがドアの前に立っていた。額の上で長めの前髪が乱れ、興奮気味に頬を上気させているが、甘く整った顔立ちの男性だ。
(わあ、イケメン……って、違うから!)
思わず見惚れてしまった自分をたしなめる。
「入ろうかと思ったんですけど、飲み物を粗末にするようなお店はやめておきます」
そう言って歩き出そうとしたが、バーテンダーが早足で歩いてきて菜々の前に回り込んだ。
「粗末にってどういうこと?」
眉を寄せて心外だとでも言いたげな表情で見下ろされ、菜々はゴクリと喉を鳴らす。
「あの、ボトルを投げていたから……ドリンクが無駄になってしまったんじゃないかと……」
「ああ」
バーテンダーは納得した、というように右の拳で左の手のひらをポンと叩いた。
「どうぞ、入って」
そうして菜々の手首をつかむと、引っ張るようにして歩き出す。
「いえ、私、いいんです。帰るつもりだったんで」
「いや、そういうわけにはいかない。店に入ろうとしてくれたお客様をそのまま帰すなんて、フレア・バーテンダー、エイキの名が廃る」
「フレア・バーテンダー……エイキ……?」
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