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森山くんが電車を降りて一人になると、胸の辺りが妙にスースーして、なんだかちょっと淋しくなって。
それを誤魔化すように、さっきまで森山くんがいた場所に立って、同じようにドアの隅に寄りかかって窓の外を眺めながら
森山くんに初めて会った日のことを思い出してた。
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『名前は?』
『あ…森山…遥大です』
それは数ヶ月前、俺がまだ一年の時。
その日は高校の入試で、学校も部活も休みで
バスケ部から一人、手伝いに駆り出されて俺、試験受けにくる中三の子達の案内係をやってたんだ。
受付で待ってて、名前を聞いて、名簿で探して、教室が分かんない子に教えてあげるって仕事。
『森山くん…あった。
三年ニ組だから…南棟の一階、分かる?』
『あ、はい…分かります…』
『頑張ってね?』
『あ、はい…ありがとうございます…』
たったそれだけの会話だった。
“中三の森山くん”は、細くて髪が短くて
色が白くて、男の子なのにどっか女の子みたいに可愛くて。
それからちょっとだけ、引っ掛かった。
なんかちょっと…これから試験受けんのに、妙に冷めてるっていうか…
それが緊張からきてるのか、元々そんな感じなのか、それは分かんなかったけど
色素の薄い瞳はまるで空虚で、どこか“どうでもいい”って諦めてる表情にも見えて、それに違和感を覚えたのを今でも思い出す。
でも、その後すぐ…
『ハル!』
『おー!弦くん!』
同じ中学だったんだね?いつも森山くんの隣にいる“弦くん”。
彼に呼ばれて振り向いた時、フワッと笑った顔が、安心したような顔にがらっと変わって、それ見たら
“なんだこの子、こんなに可愛く笑うんだ”って
自分の中の違和感を忘れて、その笑顔に暫く見とれてた。
『弦くんどこの教室?』
『いや、まだ聞いてない…』
そのクッキリした顔立ちのいかにもヤンチャそうな“弦くん”が俺の前に立った。
『名前は?』
『伊吹弦です』
『伊吹くん…も三年二組』
『一緒だ、弦くん』
『マジで?』
『南棟だって』
『南棟…』
『この渡り廊下渡って、あっちの校舎』
『はい、分かりました、ありがとうございます…』
『頑張れよ~』
俺に頭を下げてから、背中を向けて並んで歩く二人が、何でか分かんないけどスゴく印象的でさ?
受かればいいな、って…
二人の後ろ姿を見てそう思ったんだ。
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