第1章

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世の中には詐欺が溢れかえっている。 特に高齢者をターゲットにした詐欺は、オレオレ詐欺と世に浸透してなお後を断たない。 だから、高校一年から不登校になり、以降絶対的ニートの自分にも簡単にできるのではないかと、ついアプリに課金してしまって請求額に真っ青になったところで思いついた。電話さえあればいいのだ。 まずは、電話帳を開いた。フミ子とかサダ江とか、片仮名の混じった、いかにも高齢者らしい名前を探してみると案外多い。 犯罪に足を踏み入れる恐れに胸をざわめかせながら、吉野ツル与さんに電話をかけてみると、数回のコールで繋がった。 「もしもし?」 「あ、お、俺だよ、俺」 「誰?」 「俺だよ、俺。分かるだろ?」 「誰? あんた誰よ?」 「だから、俺だってば──」 「だから、誰かって訊いてんでしょうが!」 「──!」 怒鳴られて、反射的に電話を切ってしまった。ツル与さんは怖いお年寄りだと分かった。もっとソフトな、おっとりした人を探そう。下手な鉄砲数撃てば当たる、だ。挫けるには早いと言い聞かせる。 次は、斉藤ノブ江さんに電話をかけてみた。すると、すぐに出てくれた。 「もしもし、どなた?」 「俺だよ、俺」 同じ言葉を繰り返す。一瞬の間をおいて、ノブ江さんが明るい声を出した。 「ああ、ヒロシ?」 「そう、そうヒロシ……」 「あ、間違えた、うちの子の名前はタカシだわ」 「──!」 やられた。ガチャンと電話を切ってしまった。 「くそっ、何で……」 電話帳をめくり、自棄になりながら適当に見つけた番号をプッシュする。郷田サエ子さんが次のターゲットだ。 「──はい、郷田です」 「もしもし、俺だよ、俺」 「……俺?」 「俺、俺だよ、母さん」 「俺って、ねえ……あんた達皆声が似てるんだから、電話の時は名前言えっていつも言ってるでしょうが! 母さんがオレオレ詐欺に遭ってもいいっていうの? 大体ね、あんた達はいつも無精なのよ、家を出てからロクに顔も見せないで、せめて年賀状くらい寄越しなさい! そんなだから、いまだにお嫁さんも貰えないのよ! その甘えた根性が社会で通用するとでも思ってるの? 今日はとことん言わせてもらいますからね!──」 「──!」 マシンガン説教トークに泡を食って電話を切ってしまった。サエ子さんは怒らせると怖いと分かった。
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