第1章

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もう、こうなったら誰でもいい。最初に抱いていた恐れは、連続する失敗によって完全に麻痺していた。 電話帳から、目についた番号をプッシュする。 「はーい、もしもし?」 声の感じは自分の母親くらいの年齢だろうか。何となく話しやすそうな感じがした。俄然、勇気が湧いた。 「母さん、俺だけどさ」 「もしかしてヨウスケさんなの?」 まさか自ら乗ってきてくれるとは。これならいけると調子づいた。 「そうヨウス──」 「いえ、その声はマサルさん?」 「いや、あの、俺は……」 「そうやってどもる癖があるのはタケオさん?」 一体何人心当たりがいるのだ。 「母さんとにかく、……」 「よく分からないから息子に代わりますね! ちょっとあんた、お姉ちゃん達の旦那さんのうちの誰かなんだけど、代わってくれる?」 「──!」 息子に代わられては詐欺がバレてしまう。とっさに電話を切ってしまった。天然そうな人だったのに、侮れない。 ちくしょう、何でうまくいかないんだ。しかし、まだ諦めるのは早いかもしれない。世の中の詐欺師は、手を変え品を変え、根気強く頑張っているのではないだろうか? だとしたら、話し方を変えてみるのもいいかもと思い、今度はフレンドリーな口調で試みた。 「もしもしオレオレ」 「どちら様?」 「俺だよオレオレ」 「え? 誰? 誰?」 「俺だよ俺、分かるでしょ?」 「オーレーオレオレ~♪ 分かった、ブラジル人だ!」 「──!」 からかわれた。グローバル化社会恐るべし。もう話を続ける意欲を削がれて、とっさに電話を切ってしまった。 どうして誰も騙されてくれないのだろうか? 不登校後ニートの自分には、話術とスキルが足りないのか。 心が折れそうになりながら、それでも諦められずに電話帳を凝視した。独り暮らしのお年寄りに当たれば、うまく騙せる可能性がある。 自分を奮い立たせて、電話番号をプッシュした。
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