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「……もしもし?」
「あ、母さん、俺だけど」
「……その声はマモル? マモルなの?」
向こうの声がすがりつくような響きを帯びる。よく分からないけれど、乗るしかない。
「そうだよ母さん、マモルだよ」
「ああ……何てこと、まだ成仏できてなかったなんて」
「──!?」
「そりゃあ、あんたはロクな最期じゃなかった。遊びで罪もない女の子に手を出して弄んで刺されて……母さん、悲しい以上に情けなかった。でもね、もう五年経つのよ。いい加減、三途の川を渡りなさい。渡し賃がないの?」
マモルはどうしようもない男だったらしい。それはともかく、渡し賃というキーワードに閃いた。チャンスだと信じた。
「そうなんだよ、渡し賃がなくて……だから、母さんに貰えたら……」
「母さん、六文銭なんて古いお金持ってないわよ」
「いや、えーと、今は改善されて、日本の現行通貨全て使えるようになったんだよ。それを俺が指定する霊媒師に渡せば、その霊媒師が三途の川まで届けてくれるから……」
「……あんた、母さんを馬鹿にしてるの?」
しまった。あまりにも都合よく話を作りすぎたか。声は明らかに怒気を含んでいた。
「代々続く霊媒師の家系で、母さん以上の霊媒師はいないの。いえ、世界に母さんの右に出る霊媒師はいない。あんた、三途の川で五年間うろついてる間にそんな事も忘れるなんて……情けない! いいわ、もう母さんがあんたを冥土に送ってやる!」
「え、あの、母さ──」
「我は祈る者なり、迷える魂をあるべき所へ導きたまえ、さもなくば影残らず滅したまえ、八百万の神に……」
「──!」
唸るような声に恐ろしくなって、とっさに電話を切ってしまった。
もう、心は折れるどころか粉々になっていた。電話帳を閉じ、放心する。電話をかけた様々な相手の声が、頭のなかを駆け巡り自分を打ちのめした。
自分には、あまたの修羅場をくぐり抜け生活を築き上げ、生きるという個人の歴史を刻んできた猛者に、どうしても勝つことなどできないのだ。何という敗北感。犯罪に手を染めずに済んだ安堵と入り交じり脳みそが常温のゼリーになってしまったような錯覚をおぼえる。
……明日、コンビニに行って、無料で置いてあるアルバイト求人冊子を貰ってこよう……。
ぼんやりと、そう考えた。
──こうして、オレオレ詐欺は失敗に終わった。皆手強かった。
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