第一の刃

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 天国門通行許可手続きセンター。その事務所、非常階段の隅に煙草を吹かしながらぼんやりと空を眺める髭面の痩せた男性がいた。彼は名を湯持翔(ゆもちしょう)という。  そんな彼にソバージュパーマにどぎつい赤のマニキュア、ピッチピチのボディコン衣装に身を包む女性が話し掛ける。 「たまには仕事してよね。……これ標的の資料だから」  彼女は閻魔。この部署のトップに座る女性。しかし、そんな彼女の湯持への態度は部下に対するものというより、幼馴染にでも話すような感じだった。おそらくは長い付き合いなのだろう。 「俺は、俺にできることをするまでさ」  こちらもまた上司に対する態度とは思えない。標的の資料と言って渡された紙を受け取ると、閻魔と目を合わせることも無く事務所の中へと入っていく。吹かしていた煙草は携帯灰皿へ入れられ、よれよれのスーツの内ポケットへとしまわれた。 「標的は新宿四丁目の――」  資料を読みながら事務所内を歩いていると、軽い衝撃と共に湯持の歩みが止められる。湯持の足を止めたそれは、湯持より頭二つ分小さい白く儚く消え入りそうなフランス人形を彷彿させる少女だった。肌も白ければ身に纏うワンピースも白い。真っ黒で艶やかな長い髪も幼さを引き立てている。そんな姿はこの世の物とは思えない精巧な美しさがあった。美しいというよりも可愛らしいという表現の方が合っているかもしれない。 「ちゃんと前見て歩きなよ湯持のおっちゃん」  不機嫌そうにぶっきら棒な言葉が飛び出る。見た目に似合わず、言葉は汚い。 「やーやー。誰かと思えばさくらんじゃないか。相変わらず可愛くておじさん嬉しいよ。いやーこうして可愛子ちゃんとぶつかれるならたまにはよそ見しながら歩くのも悪くないもんだねー」 「うっさい! 可愛い可愛い言うな! それに何度も言うけど、あたしは『さくらん』じゃない『サクラ』だ。持田サクラ! つか、珍しいじゃん。湯持のおっちゃんが仕事の書類持ってるなんて」  この湯持。職場でも仕事をしない事で有名。仕事をしているなんて一年に一度あれば良い方。毎日標的に鎌を振るう彼女からすれば考えられないだらしなさだ。
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