俺の分まで

2/5
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「俺の分まで生きてくれ」 マサトの手を握る僕の手が震えた。 「そんなこと言うなあ!しっかりしろよ!」 僕の声は震えていた。 今、まさに消え行こうとしている命の灯火を消すまいと、 もう一つの手で包み込む。 マサトは末期がんで入院しており、若いため進行が早く、 見る見る体は蝕まれて行った。 隣ではマサトの彼女が涙を流し続けている。 「約束だ。俺の分まで・・・生きてくれ。」 うわ言のように彼は言い続けた。 「わかった。約束する。」 僕も彼は長くないと思ったから、せめて安心させてやりたかった。 すると、マサトは安心したように笑った。 最後の笑顔だった。 マサトは17年の短い生涯を閉じた。 通夜、葬儀の間も、まだマサトがここに居ない実感がわかなかった。 だって、マサトはまだ眠っているんだ。 そしていよいよ火葬場にマサトの棺おけが吸い込まれる瞬間に、 やっと彼の不在を感じる。マサトの彼女はずっと泣き続けるしかなかった。 マサトの彼女、ユリは僕の憧れでもあった。 ユリがマサトを選んだのも無理は無い。 マサトは本当にいい奴だったから。誰からも好かれ、誰にも優しかったのだ。 僕はあまりにユリが憔悴しているので、心配でその日からなるべく、 ユリの側にいるようにした。 今にも自殺しそうだったからだ。 生気を失った目が虚空をさまよう。 僕はそんなユリを見ていられなかったのだ。 それに、葬儀が終わった日に、マサトが夢枕に立ったのだ。 「ユリを頼む。」 夢なのか現実なのか、わからないけど、きっとマサトは、 恋人のユリが気がかりに違いなかっただろう。 徐々にユリは、少しずつではあるが回復していった。 当初はほぼ、何も口にせず、ただ泣き続けるだけだったから、 僕はずっと側にいて慰めていた。 今ではようやく、マサトの思い出話ができるくらいには、 マサトの不在を自分なりに納得しようとしているらしい。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!