17:カップ麺と幼少期

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 名前を呼ばれ、胸が高鳴った。達海の方を見ると、以前ひたし様が持っていた紫色のボタンをテーブルに置いていた。ボタンのことについて言おうとしたが、達海が先に口を開いた。 「お前、どうして俺と話をしようと思ったんだ」 「え?」 「初めて、会った時」  達海に聞かれ、初めて会った時のことを思い出した。  働く階の違う、見た目も性格も違う2人が出会ったのは、さと子が偶然にも上の階へ書類を届ける用事がある時だった。渡す相手は達海のいる場所とは違う場所だったが、彼を見つけたのは、その帰り道でのことだった。  達海は女性達に囲まれていて、困惑気味だったのを覚えている。その時はただ通りすぎただけだったが、その日の帰りに、1階で会社の庭を見つめている彼を見かけた。その表情は、とても疲れているようだった。人間と言うのは利口なもので、こう言う時に限って声をかけない。ただ、彼は今こそ誰かに声をかけて欲しそうな、そんな風に見えた。 「こんにちは」  最初は、そう声をかけたんだったな。  さと子は懐かしい記憶を思い出し、ふっと微笑んだ。 「だって達海、とても辛そうだったんだもん。実際、悩んでたじゃ無い? このまま仕事を続けてて良いのかなって」 「ああ。1人暮らしして、有り合わせの物を食べ続ける生活をしていたら、このままで良いのか。分からなくなってた。けど、お前に相談にのってもらって、本当に感謝している」 「いいっていいって別に! 私だって達海に仕事の相談のって貰ってたしさ」  達海は微笑むと、テーブルに置いていたボタンを持ち上げた。 「それと、これ」 「ああ、それね。知り合いが押し入れの奥から見つけてくれたの」  ひたし様と言うわけにもいかないので、知り合いで誤魔化した。 「その様子じゃ、ピンとはきて無さそうだな」  意味深な言葉に首を傾げる。達海は寂しそうな顔をすると、話を続けた。 「俺は覚えてる。このボタンのこと」  達海が? 何故? さと子は以前の母親との会話を思い出した。母親は、さと子が小学生の頃に友達から貰ったと言っていた。しかし、達海なんて名前の友達も、達海のように容姿端麗な顔の友達もいた記憶が無い。 「そのボタン、お母さんが、小学生の時面白い友達から貰ったって言ってたんだ」 「面白い友達、か。確かに面白い姿だったかもな」  面白い姿? さと子にはどういう意味かわからない。
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