1:ハッカみたいな一言

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「お前ってさ、家畜みたいだよな。これ以上太ると、さすがに見てられないぞ」  それはあまりにも唐突で、稲妻が直接当たったかのような一言だった。まつ毛の長く、そこらのOLより余程麗しさのあるイケメン同僚こと達海(たつみ)は、いとも簡単に言い放ったのだ。今まで彼に何度も突き放されていたさと子も、あまりの言葉に手に持っていたコロッケをその場に落としてしまった。 「今、100キロあるんだろ? もうさばかれても良いくらいじゃねぇか。仕事の腕は認めるけどさ、これ以上は勘弁してくれよ」  続けざまに言い放つ、冷徹な言葉の数々。近くにいた社員も、達海の言葉に思わず吹きだした。達海の冷たい表情と、周りの含み笑いは、さすがのさと子でも拷問のようだった。 「これ以上太ったら、もう仕事の話も無しだ。それじゃあ、とりあえず今日はこれで」  何のフォローも無しに、達海は颯爽と去って行った。ただただ傷つけられたさと子は、思わずトイレへと駆け込んで個室の中で泣き続けた。ハンバーガーを食べながら。 「……くっそう。痩せてやる!」  家へ帰ったさと子は、前髪をちょんまげの様にゴムで結って机に向かった。机の上にあるのは、1枚のコピー用紙と鉛筆と消しゴム。鉛筆を手に取ると、円を描いてグラフを作る。まずは起床し、歯磨きをし、料理を作る。職場へ行って仕事をした後、帰ってきたらお風呂に入り、料理を作ると、テレビを見て寝る。そこまで割り振りをすると、さと子は頭を抱えた。 「どうしよう、ダイエットをする時間が無いわ」  そんなわけがあるはずが無い。この状況を見ていれば、誰か彼かは確実に突っ込んでくれるだろう。グラフの占める割合は、寝る時間と仕事の時間と、料理を作って食べる間の時間だ。料理に2時間かけ、食事に2時間かけるのだ。それを半分にすることくらいは出来そうなものなのだが、さと子にその発想は微塵もない。何せ、食事は彼女の唯一の生きがいで、2時間かけて作る料理は、合計7品ある。それも殆どが肉料理だ。この体型になる理由も頷ける。 「はーっ。考え事したら疲れてきたな。こう言う時はご飯食べないとね」  結局、さと子は意味の無いらくがきだけをして、後は何時も通りに食事を平らげて1日を終えてしまった。
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