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その一人に心を許したわけではないが、彼の淹れる紅茶はなかなかに美味なため、こうしてお茶に誘われるのだ。その誘いに乗ると、来人は心なしか嬉しそうにするため奏太がこの誘いを断れないもう一つの理由だった。事務仕事で忙しく、授業の出席率も悪くない彼が自分に構っている時間はもったいないのではないかと何度か思ったが、うまい紅茶がただで飲めるので、いかないのも損だ。それに、眠れもしないのに屋上でただ目をつむっているだけなんて暇にもほどがある。
来人の後ろについて生徒会室までの道を歩く。その間に会話はない。人付き合いの苦手な奏太からすれば楽に越したことはない。
生徒会室についたら、奏太はまず簡易的な水道に向かう。そこで戦闘でついた汚れを軽く落とすついでに手を洗う。それから汚れたニットを脱ぎ、リュックに詰め込む。小汚い恰好のまま茶を飲むのは嫌な性質なのだ。そのあとは来人が紅茶と茶菓子を持ってくるのを待つ。
「お待たせ」
丸い盆にきれいな白いカップを二つ持ってやってきた来人。奏太はその匂いに首を傾げた。
「この間のアールグレイはもう終わったのか?」
来人はカップを置きながら答える。
「よくわかるね。この間のも残ってるけど、今日はお茶菓子が甘くないブラウニーだから、こっちのほうがいいと思って。さ、フレーバーは分かるかな?」
「カラメル」
「ご名答。やっぱり匂いが甘いからね。ストレートでどうぞ」
「いただきます」
奏太は知らないのだ。なぜ来人がこうも奏太をお茶会に誘うのか。それは、あの卑屈な目をした少年が、紅茶とお菓子を前にするときだけ、年相応に見えるからだ。
放っておけない。来人はなぜか、彼を初めて見た時からそう感じていたのだ。しっかりしていそうで、どこか危うい少年。男子高校生の平均からすると少し小さめの体ではあるが、そこは問題ではない。体には見合わない大きな力があると知っているから。だが、この一つ年下の少年は一体何を抱えてこうなったのか。彼の来歴はある程度調べ上げているが、そこで彼が何を見たのか。何を思ったのか。いずれ、この小さなお茶会の中で、世間話として語られる日が来ることを願っているのだった。
そして、開かれた翠玉には、何を映していくのだろうか。今はまだ、見守ることしかできない。
冷たい風の思い出
正しい人間なんて 存在しない
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