翠玉の目覚め

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 都内、国立藤苑高校。平日の昼下がり、静かな屋上に、一人の生徒がいた。  白いワイシャツと赤いネクタイ。少し袖の余るクリーム色のニットと、黒のスラックスに水色のスニーカーの男子生徒。白い肌と、閉じられた瞼にかかる黒い髪。成端な顔立ちに添えられる黒い淵の眼鏡は彼に知的なイメージを加えている。その彼の両耳をふさいでいる緑色のヘッドホンから延びるコードは右手に持たれたタブレット型の情報端末と繋がっていた。  静かな春の学園。するのは花々から蜜を集める虫たちの羽音と、咲き乱れる藤の花を冷ややかな風が揺らしていく音のみ。  その時、今まで人形のように動かなかった彼が、ふと瞳を開いた。目覚めたようだ。  長いまつ毛に縁どられた美しい緑色の瞳。大きな瞳の奥に刻まれる縦の瞳孔は、急に光を取り入れたためか、きゅっと細くなる。まるで感情のない瞳ではあるが、とても美しいものだった。  彼はおもむろに立ち上がり、屋上を歩く。そして、屋上の端、1メートルほどしかない金属製の柵に足をかけた。  下を一瞬だけ見た彼は、何のためらいもなくその場から飛び降りる。  彼がいたのは藤苑高校の本館に隣接する西棟。特別教室のそろっているこの棟は授業時間は特に静かな場所であった。その西棟は5階建てである。もちろん、地上にマットが引かれているわけでもない。クッションになるものなど何もないのだ。だが安心してほしい。決して彼は自殺を図ったわけではないのだ。ここがどこであるかを思い出し欲しい。そう。藤苑高校。特殊な力を持った少年少女の巣窟である。彼も、その生徒の一人なのだ。  地面にぶつかるかと思われた少年の体は、突然時が止まったように停止した。そして、空中で体制を立て直すと音もなく着地を果たす。それを取り囲む影があった。その数は五。
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