第1章

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 カンカンカンカン  夕暮れ、商談の帰り道。「最終決定まで、もう少し時間をくれないか」あまり期待は持てない話しぶりだった。この一件が取れたら予算達成。言い換えれば、この一件が取れなかったら、今月は予算未達成。三カ月連続での未達となる。  カンカンカンカン  踏切のバーがゆっくりと降りてきて、俺の行く手を阻む。会社に戻るにはこの踏切を渡って向かいのホームの電車に乗らねばならない。  カンカンカンカン  電車が近づいていることを示す音。危険を示す音。  カンカンカンカン  普段地下鉄に乗ることが多く、踏切のある風景は久しぶりだった。  夕暮れ、踏切、近づく電車。  カンカンカンカン  電車が見えてきた。踏切の規則正しいリズムに、徐々に電車の轟音が混じる。近づくにつれ、その音は大きくなる。当たり前のことなのに、その律儀さに笑ってしまいそうになる。急行の電車はスピードを緩めることなく、猛スピードで駆けていく。風を生じさせながら、目の前を流れていく電車。その勢いに一瞬、足がすくむが、それを意識するかしないか、あっという間に通り過ぎていく。  急に開けた視界に入ってくるのは、買い物帰りの主婦、自転車に乗った女子高生、腰の曲がった老人。それらの背景には、商店街の雑多な看板が並ぶ。その風景は電車に視界を遮られる前と変わらないように見えたが、鮮やかな黄色が、新しく視線を捉えた。それは少年の帽子だった。紺の短パンに白のポロシャツ、黒のランドセル。男子小学生を描け、と言われたら、おそらくこの少年を描くだろう、というほど典型的な、どこにでもいる小学生の姿だった。  カンカン……  踏切の音は止み、目の前のバーは上がったがなぜだか足が動かない。そして、視線は少年から離れない。俺は何かを懸命に思い出そうとしていた。  夕暮れ、踏切、近づく電車。そして、少年。  立ち止まったまま動かない俺を見て、主婦がすれ違いざまに訝しむ目を向ける。少年は俺の視線に気づくことなく、まっすぐ前を見て歩いていく。
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