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壁の染み
会社の健康診断に引っかかり、周囲の理解もあって、有休を使って検査入院をすることにした。
検査自体は順調で、バリウムは少し苦だったけれど、後は取り立てて痛いも辛いもない。
ただ、俺は昔から怖がりな方で、一泊とはいえ、病院施設で夜を明かすのが怖くて仕方なかった。いや、もっと正直に言うと、むしろ検査待ちの昼の病室が怖かった。
夜は確かに怖いが、こっそり持ち込んだipodで外部の音を遮断し、アイマスクをかけてベッドに潜り込んでいさえすれば、家で寝ているのとそこまで状態は変わらない。トレイに行くのは嫌だけれど、検査だらけで食事の制限もあるから、行きたい気分もほとんどない。
夜はそうやってやり過ごせた。でも昼はそうはいかない。
いつ呼ばれるか判らないので、何もせず、ベッドでぼんやりと待機する。昼間だから明るいし、衝立で隔離されているとはいっても、呼べば簡単に誰か来てくれる場所にたくさん人がいる。それでも怖いものは怖い。壁の染みすら人の顔に見えてくる有り様だ。
「お待たせしました。検査の時間ですので、移動を…」
看護士さんが俺を呼びにくる。そのめが、直前まで俺が見ていた壁の染みの方に向いた。
「その染みは見ない方がいいですよ。そこまで性質の悪いものじゃないですけど、相性によっては体調に影響が出ますから。後、こことここと、こっちの染みは見ないで下さい。特にここのはダメです」
最初は何を言われているのか判らなかったが、すぐにその内容の意味に気づき、俺は声もなく看護士を見つめた。でも看護士は俺を振り返り、変わらぬ穏やかな微笑を見せるばかりだ。
「病院ですから。そういう『色々』もあるんですよ」
ああ、やっぱり病院怖い。
もう二度と、検査入院すらせずに済むよう、この先は健康管理に気を配ろう。
壁の染み…完
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