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その丘から見える空は突き抜けて行ってしまいそうなほど高く、見渡しきれないほどに広かった。地平線から頂点にかけて綺麗なグラデージョンのかかった青空。そして、そんな至上のキャンバスに気まぐれに広がり、散り、流れていく白い雲。
偶然のようで、しかし必然の光景は、刻一刻とその姿を変えていく。その切り取った一瞬一瞬はどれもこれも、最高傑作の名画のように美しかった。
「綺麗だなぁ」
男はしみじみとつぶやく。
次いで、手のひらを大きく広げて、にっこりと笑った。
心底嬉しそうな、それでいて何かを楽しみにしているような。それは大人になりきれていない青年のような見た目にふさわしい、無邪気な笑顔だった。
「さぁて、そろそろ帰ろうか」
強い風が吹き、老人のかぶっていた粗末な編笠が宙を舞う。
物思いから覚めた老人のとなりにはすでに、男の姿はなかった。
――三百年ほど、昔。
その小高い丘には一軒の教会が建っていた。
教会はユラシア大陸の西、山向こうの国に栄えていた都のはずれにあり、その国は『アティク』と呼ばれていた。
人間であり、それでいて人間とは少し違う形をした様々な種族の者達――『亜人』達が身を寄せ合うように集まって築き上げ、暮らした、楽園の国。
遥か昔に滅びた楽園に彼が現れてから、もう何年経ったのか。
それを知る者はいない。
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