1・鱗の男

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 ――天暦317年 12月15日 ゼギン公国 北方関所付近 山岳地帯  がちゃん、という金属音が後ろから聞こえた瞬間、直感的に背筋が総毛立つのを感じた。  音の正体を理解するのに時間はかからなかった。なぜなら答えは、次の瞬間には出たのだから。  左肩にガツンと殴られたような衝撃が走り、次いで焼けるような痛みが襲う。激痛で滲んだ涙で視界が霞み、バランスを崩した私は、鬱蒼とした森の下生えに肘から突っ込む羽目になった。 「……っ!」  受身も取れず、硬い地面で頬と顎をすりむく。同時に、草の中に潜んでいた岩の角に引っ掛けて、お気に入りのコートの袖が破けるのを感じた。特注のコート。高かったのに、と心中で嘆きつつ、それでもとにかく首をひねって、視界の端で痛みの正体を捉える。  肩から生えていたのは、木製の矢だった。あるかなしかの小さな矢羽がついていて、長さは掌を広げたほどしかない。おもちゃみたいに細くて簡単に折れてしまいそうなのに、深く食い込んだ矢尻は火に当てられたような強烈な痛みを私にもたらした。 「ばぁーか。逃げられるとでも思ったのかよぉ?」  そんな野卑な声と共に、地べたに這い蹲る格好になった私の視界いっぱいにごつい革のブーツが映る。ゆっくりと首を反らして顔を上げると、ブーツにふさわしい熊のように頑強な男が1人、小型の弓を担いで立っていた。  人族では考えられないほどの、並外れた大男だ。身長は3mを優に超えているだろう。四肢に盛り上がった筋肉は強靭で、私の何十倍ものスタミナがありそうだった。  浅黒い肌をびっしり覆う黒い剛毛は頭頂部以外の全身と顔にまで及び、その巨大な顔には大きな黄色い目と耳近くまで裂けた口が覗いている。鼻と顎が妙に突きだしているので、服を着て道具を担いでさえいなければ、本物の熊と思っただろう。  そいつ……いや、そいつだけではない。後ろから追いついて来て続々と私の周りを囲み出した数十名の山賊たちの外見は、どう見ても人族のそれではなかった。
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