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顔は輪郭がぼやけててよくわからないが、穏やかな気配は恐怖心まで包み込むようで、羽梛は下がった一歩に力を込め、元に戻す。
ぐっと奥歯を噛み締めると、目の前の女性は小さく笑ったようで、スッとその姿を消した。
慎重に、一歩一歩ゆっくりと、公園内へと足を進めて。
「……!」
薄暗い公園の奥。
公衆トイレらしい小屋のような建物の横にある、一つのベンチに人影があった。
両足を投げ出し、両腕をベンチの上にだらりと下ろして、俯いたまま微動だにしないその人に羽梛は反射的に駆け出した。
「長谷部くん!」
そう、それはSOSを寄越しながらこちらの電話に全く反応を示さなかった後輩の長谷部。
意識がないのか、呼びかけにも応えない。
「長谷部くん、大丈夫?何があったの、こんなところで…」
「……、……ぁ……」
「ん?」
小さな声に、羽梛は顔を近づけて長谷部を下から覗き込んだ。
左手を、長谷部の肩に乗せた…その時。
「…え」
ぷつり、と。
何かが切れる微かな反動とともに、長谷部の座るベンチにジャラジャラと音を立てて落ちる何か。
何かなんて、すぐにわかった。
ーー数珠だ。
母から譲り受けた、母の形見である数珠が、無残にもベンチの上に散らばる。
「こわ、れた……どうして……」
唖然と、散らばった石を眺める羽梛の腕を、物凄い力で長谷部が鷲掴んだ。
「いっ…は、長谷部くん!?」
「ぁ……あ、あぁ……アアァァアア……!!」
「ーーっ」
ガバッとおもむろに顔を上げた長谷部の目は異様なほど見開かれ、瞳孔は開ききり血走っていた。
その顔が、額が触れるか触れないかのギリギリに接近し、羽梛は声にならない悲鳴を上げた。
「っ、ぁ……っ」
「アァア……ニ、クイ……ニク、イ……!」
掴まれた腕にさらに力がこもり、服の上からだが爪が肌に食い込むのがわかる。
「い、や……はせ、べ、くん…っ」
「ニグ、イィィ……!」
その時、羽梛の眼には長谷部の周りを闇よりも濃い「黒」が、彼を包み込んでいくのを捉えていた。
「黒」は何処からか引き寄せられてきた薄い影をも取り込んで、少しずつ膨らんでいく。
「オ、オンナ……コロス……憎イっ……コ、殺ススス!」
「ぐっ」
腕を掴むのとは逆の手が、羽梛の喉へと伸びる。
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