3人が本棚に入れています
本棚に追加
目を瞑った。
温かくも冷たくもない空気が、
鼻腔の奥をくすぐる。
夜の空気に、夜のにおいに、
遠い昔の夜を思い出す。
幼い頃の、夜の記憶。
霧の中のように不明瞭な記憶だったけれど、
気持ちだけは、はっきりと残っていた。
楽しく、嬉しく、なぜだか切ない。
その記憶が、胸を甘噛みする。
私は、その名前のない感情を、
笑みに変えた。
目を開けた。
すぐ向こうでは、大きな赤が踊っていた。
それは篝火。
宴の始まりを告げる炎。
爆ぜ飛んだ火の粉が、
宴を喜ぶように、右へ左へと踊る。
隣に座る友達が話しかけてくれる。
他愛もない話で、泡のように笑い合う。
私は嬉しかった。
ずっと一人だったから。
友達と笑い合えることが、何より嬉しかった。
そしてそれは、簡単に終わってしまう。
音がした。
篝火の中で何かが爆ぜ、炎が大きく揺らいだ。
組み木が折れ崩れる音だった。
そして、中からそれが見えた
人の形をしたもの。
それが、十字に組まれた木に括りつけられていた。
人形だと思った。
炎の勢いのせいだろうか、
人形は手足を震わせ、指を動かしている。
まるで、ゼンマイ仕掛けのおもちゃのように、
その動きは段々と収まっていき、
最後には動かなくなった。
目の前で起こっていることが、
うまく理解できずにいた。
場違いな笑い声が響いた。
それから、悲鳴が上がった。
それがこの宴の幕開けだった。
最初のコメントを投稿しよう!