失恋クライシス

3/14
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
「え、なんて?」 「だーかーらー、気になる子できたって言ったの!」 「いや、その前」 「何回か飲みに行った?」 「もっと前」 「大学の友達の友達?」 「もうちょい」 「えー、なんだよ。なに、どれ?」 「なんていった? お前が好きって言ったやつ」 「気になる子!」 「それはどっちでもいいんだけど」 「なんだよー、よくないよ。もう、ちゃんと聞いとけよな。だから、百合子ちゃん! 百合子ちゃんっていう子。上の名前はなんだっけな、えーっと……」 「……佐伯? 佐伯百合子?」 「あっ、そうそう! 佐伯! 佐伯百合子ちゃん。て、あれ? なんで知ってるの? 瑞樹、知り合い?」 「おー。高校んときの……同級生」    なんの変哲もない一日、のはずだった。仕事の愚痴やくだらない話をつまみに酒をあおって、日々の憂さ晴らしをするはずだった。  まさか、その名前を聞くことになるとは、誰が予想していただろうか。  佐伯百合子。  百合子は、下咲瑞樹が、唯一、胸を張って恋心を持っていたと言える人物だ。高校の同級生で、十年もの間、彼氏彼女という間柄として過ごしてきた。数年間、百合子の様子を耳にしていなかったのは、意図的に彼女に関する情報を遮っていたからかもしれない。  電話にメール、昨今ではLINE。携帯電話の基本的な連絡手段を以外にも、現代人であればTwitter、FacebookなどのSNSツールを自在に使ってコンタクトをとれる。  しかし、彼女はそれらを使っていなかった。このことも恵は知っていた。お互いの交友関係だって、そこそこ知っているつもりだ。だからこそ、百合子の今を聞けなかったのだ。共通の友人から自分が探りを入れていると知られるのを恐れ、それだけでなく直接連絡することさえできなかったのは、未練がましく残してある、電話番号とメールアドレスが不通だったらどうしようと、悩ましい思いがあったからだった。もしも、「この電話番号は現在使われておりません」、「User unknown」だったら……。  これらを受け入れるには、まだ月日が足りていなかった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!