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「え、なんて?」
「だーかーらー、気になる子できたって言ったの!」
「いや、その前」
「何回か飲みに行った?」
「もっと前」
「大学の友達の友達?」
「もうちょい」
「えー、なんだよ。なに、どれ?」
「なんていった? お前が好きって言ったやつ」
「気になる子!」
「それはどっちでもいいんだけど」
「なんだよー、よくないよ。もう、ちゃんと聞いとけよな。だから、百合子ちゃん! 百合子ちゃんっていう子。上の名前はなんだっけな、えーっと……」
「……佐伯? 佐伯百合子?」
「あっ、そうそう! 佐伯! 佐伯百合子ちゃん。て、あれ? なんで知ってるの? 瑞樹、知り合い?」
「おー。高校んときの……同級生」
なんの変哲もない一日、のはずだった。仕事の愚痴やくだらない話をつまみに酒をあおって、日々の憂さ晴らしをするはずだった。
まさか、その名前を聞くことになるとは、誰が予想していただろうか。
佐伯百合子。
百合子は、下咲瑞樹が、唯一、胸を張って恋心を持っていたと言える人物だ。高校の同級生で、十年もの間、彼氏彼女という間柄として過ごしてきた。数年間、百合子の様子を耳にしていなかったのは、意図的に彼女に関する情報を遮っていたからかもしれない。
電話にメール、昨今ではLINE。携帯電話の基本的な連絡手段を以外にも、現代人であればTwitter、FacebookなどのSNSツールを自在に使ってコンタクトをとれる。
しかし、彼女はそれらを使っていなかった。このことも恵は知っていた。お互いの交友関係だって、そこそこ知っているつもりだ。だからこそ、百合子の今を聞けなかったのだ。共通の友人から自分が探りを入れていると知られるのを恐れ、それだけでなく直接連絡することさえできなかったのは、未練がましく残してある、電話番号とメールアドレスが不通だったらどうしようと、悩ましい思いがあったからだった。もしも、「この電話番号は現在使われておりません」、「User unknown」だったら……。
これらを受け入れるには、まだ月日が足りていなかった。
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