31歳、職探し中

12/19
前へ
/188ページ
次へ
「――――え?」  頭に白いものが交じる、四十代くらいの男性。指導教員の袴木(はかまぎ)が立っていた。 「なにしてるんです」  驚きのあまり声が出ない碧たちを交互に見て、袴木が言った。    バタンッ。  すごい速さで扉が閉められた。袴木が戸を閉めたんだ、と遅れて気づく。ようやく暁の首から両手を離す。 「久松、先生」  絞り出すような袴木の声。異形の生き物を見るような目で、碧を見ている。 「教え子相手に、なにをしてるんですかっ」  ビクッと体が揺れた。うたた寝していた白昼夢から揺り起こされたときのように。  汗が大量に流れる。見られた。知られたんだ、という事実がじわじわと身体を侵食する。  ニュースで報じられる「未成年への猥褻罪」。懲戒免職。  いろんな可能性が一気に頭をめぐって、吐き気がこみあげてきた。 「お願いしますっ」  大きな声で暁が言った。両膝を突いて、頭を床にこすりつける。 「誰にも言わないでくださいっ。真剣なんです、僕。真剣に先生のこと愛してるんです」  暁――。  真っ黒な雲に覆われていたような心が、瞬間白くまたたいた。袴木はギョッとして、 「と、遠野君。外に聞こえるから」 「お願いします! 俺はどうなってもいいから、先生は」  暁の肩が揺れる。つづいて嗚咽が聞こえた。  暁、泣いてる。そのことにぼんやりと気がつく。  なんで泣いてるの?  私のため?  涙が自然とこみ上げてきた。  自分のことばかり心配してたことが恥ずかしくなった。暁はこんなに全力で私を守ろうとしてくれてるのに。    ごめんね、暁。  涙を拭って、顔を上げる。表情を引き締めた。拳を握りこむ。  もう心は決まっていた。 「遠野君、勘違いしないでくれる」 「……え?」
/188ページ

最初のコメントを投稿しよう!

671人が本棚に入れています
本棚に追加