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暁が顔を上げて、こちらを振り返る。いつものきれいな目が涙で真っ赤になっている。胸がキリッと痛んだ。
「どうしてもっていうから、からかっただけじゃない」
両腕を組む。力をこめて。そうしないと倒れてしまいそうだった。
「先生、なに言って」
「……碧?」
「ちょっとやめてよ、なれなれしいんじゃないの?」
眉間にシワを寄せて、ため息を吐いた。低く吐き捨てる。
「ほんと、ガキってこれだから困る」
「碧、なに言ってんだよ」
ぼうっと碧を見ていた暁の顔が、徐々に困惑していく。碧は目をそらして、袴木を見た。
「遠野君と私はなんにもありません。先生、ご存知ですよね、私に婚約者がいること」
声が震えないように、体の芯に力をいれる。
指導教員が胡乱な目つきで碧を見た。
「碧、なんだよそれ!」
信じられないという顔で暁が立ち上がった。勢いよく立ち上がった所為で、上履きが滑って転びかける。
碧は両腕を組んだまま暁を見下ろした。
「……あおい」
「先生でしょ? ほんと、何を考えてたのか知らないけど」
まっすぐに暁を見る。赤い目が、呆然とこっちを見ている。いつもの強さが無い。迷子になった子どものような。
ちがう。余計なことは考えるな。
「君はただの生徒の一人よ」
一言一言、区切るようにはっきりと言う。
「だって私たち、なんの関係もないじゃない」
はっきりと、暁が傷ついた顔をした。心の痛みが透けて見えるようだった。組んだ両腕に一層力をこめる。跡が着くくらい強く。それなのに痛いともおもわない。口の中がひどく渇いた。
「ね、君、もう帰ったら? 下校時刻は過ぎてるわよ」
暁の顔がカッと紅潮する。口の中でなにか吐き捨てるように呟いて、
ダンッ。
大きな音をたてて扉を開く。
バンッ。
一瞬後、迷い無く扉が閉められた。
ダダダダ、と遠ざかっていく足音を聞いて、そのままガクンと座り込んだ。
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