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「ここ、かぁ」
株式会社ウィング・エデュケーション。ベンチャーと言うからどんな怪しい雑居ビルに入ってるのかとおもいきや、意外にも自社ビルのようだった。
「けっこうきれい」
六本木通り沿いに建つそのビルを見上げて呟く。ずいぶん高い。何階建てだろう。目算で八、九、十、と数えて、バカらしくなって途中でやめた。
「久松さん! 書類審査通りましたよっ」
瀬崎がうれしそうに碧に報告してきたのは昨日のことだった。碧から応募しますと言った覚えは無かったけれど、いつの間にか勝手に書類を送られていたらしい。こうなったら数打ちゃ当たる、ということなんだろう。実際問題、切り崩して使っている失業手当だけではそろそろ限界だった。どこでもいいから早いところ就職したい。
ベンチャー企業らしく、昇進が勤続年数とイコールでないことがウリという。けれどそれは翻っては、自分のように年齢だけむだにとった女性は厄介がられる可能性も高い。通された会議室で、瀬崎からもらった企業ファイルを見ながら面談の相手を待った。
コンコン、とノックの音を聞いて、慌ててファイルを鞄にしまって立ち上がる。
「こんにちは」
男性社員が二人入ってきた。
一人は、めがねにネクタイ無しのスーツの柔和な顔立ちの男性。同い歳くらいだろうか。
そのすぐ後ろの男性は、ネクタイもジャケットもない、無地の白シャツにチノパンというスタイルだった。俯いているから長い前髪がすだれのように顔に落ちて、表情はわからない。
「人事担当の長谷です。よろしくお願いします」
スーツの男性がニコリと笑う。穏やかそうな笑みに、緊張が少しほぐれたのを感じる。よろしくお願いします、と答えて頭を下げた。
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