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長谷が、それでは早速、と腰かけるなり履歴書に素早く目を通していく。この時間はいつも背骨の辺りがムズムズする。自分の半生を、はじめて会った人に丸裸にされる感覚。あんな紙一枚に収まりきらないことが色々あったけど、それでも案外収まってしまうもんだな、とも感じている。
片肘を突いた長谷が、指先を口元にあてて頷きながら尋ねる。
「最初の職場は市立高校の教師なんですね。その後が千葉の予備校」
「はい。国語の講師をしていました」
二十ニ歳で学校から逃亡するようにいなくなって、誰も知り合いのいない予備校で働き始めた。また高校生の相手をすることに不安もあったけど、新卒四ヶ月で職場を辞めた自分に選択肢なんてなかった。今もそうなんだけど、あの時には今と違って若さという大きなアドバンテージがあったな、と面接中なのに余計なことを考えそうになる。
次に勤めたのは高校生向けの予備校だった。業界最大手といわれる、CMや駅の看板にもその名前を出している有名な予備校。生徒はやる気に満ちていて、生徒たちを受け止める講師にも熱意と独特のパワーがあった。
肉体的にも精神的にもハードだけど、目標が明確な分やりがいもある。
このままずっと講師やれるかも。そんな風にも思ってもいた。
それが半年前までの碧だ。
長谷が履歴書から顔を上げて尋ねる。
「なにか理由があってお辞めになったんですか?」
無いわけないでしょ、三十路過ぎの就活なんだから。笑顔のまま心の中で答える。
ふいに心に浮かぶ、残像。
響きわたる悲鳴と泣き声。探るようないくつもの視線。
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