31歳、職探し中

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 長谷じゃない、もう一人の採用担当者が下を向いて肩を震わせている。さっきから一度もしゃべってないから、存在を忘れかけていた。  そのひとが、下を向いたまま握りこぶしを口元にあてている。長い前髪が表情を隠しているけれど、これはどう見ても。 「…………え?」  おもわず真顔になる。なんでこの状況で、笑ってるの? このひと。 「おい」  長谷が慌てて諌める。 「いや」  そのひとが、初めて口を開いた。 「すっげ、心こもってねぇなーって思って」 「…………は」  聞き間違いかと思った。  クックックッ。  その人は笑いながら背筋を伸ばした。長い前髪をかき上げる。 「あんた、相変わらずうそつきだな」  は、という言葉が口の中で止まる。前髪の向こうから、意外なほど大きな目がこちらを見つめていた。とてもまっすぐに。  どくん、と鼓動がひとつ鳴った。記憶のフィルムが再生されて、ある人物で止まる。  ――碧。  声を聞いた気がして、くらりと眩暈を覚える。  いや、まさか。 「おい、なんてこと言うんだ」  長谷が焦った顔でその人と私を交互に見る。 「紹介遅れてすみません。彼、募集かけてるコンテンツサービス事業部のリーダーなんですが、失礼なこと言って本当に申し訳ないです」  いえ、と口の中で答える声はかすれていた。長谷の横で、そのひとはじっと碧を見ている。  背中を汗がつたう。  ちがう、ちがう。  そんなわけ。 「遠野と言います。はじめまして」  そのひとは、碧を見て笑みを浮かべた。 「このたびは、弊社にご応募いただきありがとうございます」  頭の中が真っ白になった。  ――うそ――。  先生。  あんたが好きなんだ、先生。  笑顔が甘いお菓子のようだった。Let it Beを聞きながら、小生意気な表情で笑う。    暁。    八年前に別れた恋人で――教え子の、遠野暁が碧を見つめていた。 
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