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ガサリ、とノイズが聞こえて、無言で頷いている小川の顔が想像できた。
ふーっと息を吐く。息が震える。手が急速に熱を失う。
落ち着け。落ち着け、私。
「番号変えたんですね」
おもったより普通の声が出たことに安心する。
「そう。前の番号だと、繋がらなかったから」
着信拒否にしていたからだ。わかってるでしょ。怒鳴り声が出そうで、喉元で栓をされたように止まる。
記憶がどろりと蓋を開けてなだれ込んで圧倒される。無理やり抱きしめた小動物のように、心臓が体の中で暴れ狂う。
「碧さん、会いたい。話したいんだ」
小川の懇願するような口調が耳に潜りこむ。携帯を握ってないほうの手で顔を覆う。
「やめてください」
瞼がビリビリと痺れる。この間いきなり出てきた涙は、今回は出そうで出ない。泣いてる場合じゃない、と体が警告するかのように。
「お願いだよ」
「…………」
ふっと顔を上げた。先週面接で着ていたスーツがハンガーに掛けられている。その横にはさっき洗った洗濯物たちが並んでいる。水道代がかかるから、洗濯はまとめてするようにしている。
なんか、疲れたな。
いとしい、さみしい、うれしい。
そういうものを体で感じたのは、いつが最後だったんだろう。
「切りますね」
予告して、なにか言われる前に携帯を離すと画面をタップした。通話時間、二十八秒。
「はあっ」
大声を上げて、ベッドに倒れこんだ。
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