31歳、職探し中

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 その日、碧は資料室に残って次回の授業の資料を探していた。生徒が入ってこない資料室には、教師用の資料が科目ごとに並べてある。その資料を見ながらテストの内容を決めたり、次の授業の進め方を考えたりする。同世代のいない職員室よりも気が楽だし必要なものがそろっているので、碧はほとんどの時間をこの資料室で過ごしていた。 「先生」  ノックと共に、扉が開く。 「探しました」  振り返ると暁が立っていた。まっすぐにこちらを見る目。碧はすぐに視線をそらして、 「どうしたの。わかんないところあった?」  本棚に向き直って、資料を探し続けるフリをした。心がざわざわと音を立てる。  ピシャン、と扉の閉まった音を背中に聞く。びくん、と鼓動が揺れた。 「先生、なんで連絡くれないの」  暁は感情の読めない声で言った。碧は手近な資料を棚から引き抜き、パラパラとページをめくる。鼓動が速まる。 「ああいうの困るよ」  少女漫画の感想文は大学ノートの切れ端だった。ノートの横線をななめに横断した数字の番号と英数字の羅列、アットマーク、ドコモ。  携帯の電話番号とメールアドレスが書いて寄越されていた。  連絡ください、とかメール待ってます、とか、こちらの顔色を伺うような文章はなにもない。どこか挑戦的にも見えるその文字は、ただの冗談じゃないことを感じさせて、それが余計に困惑させた。 「俺の気もち知ってるでしょ」  きた。  本棚を持つ手が微妙に震えるのを、握りこぶしを作って抑える。学生時代特別モテたわけじゃない。こんなときに笑ってかわせるスキル、持ち合わせてなかった。  だけどそんなこと言ってられない。相手は教え子なのだ。  クルッと振り向いて、いっそ睨んで見えるくらい目を眇めた。 「やめてくれない? 私先生なのよ。遠野君のことは、教え子以上には」  そこから先は言えなかった。じっと止まっていた暁が、野生動物のような俊敏な動きで。  バン、と本棚に両手を突いた。え? と思う間もない。  唇にやわらかい感触。  キスされていた。
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