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そしていちゃもんは付けず何事もなく駅前まで戻り、行きつけの『喫茶 山』で二人寛いでいる。
「そう安易に人生変わらないんじゃん」
「てか、人生変わるってどういうこと?」
『喫茶 山』は、落ち着く店だ。デヴィッドボウイやクラフトワーク、忌野清志郎、横尾忠則のモチーフが飾られ、細野ハリーの歌声がぼそぼそと流れる。俺たちアラフォー超えの中年どもの、魂のオアシス的な名店だ。
「ねえマスター、『人生が変わったー!』てのは、どういう状態なんだろう?」
F岡が尋ねながら、マスターの顔を覗き込む。
「そんなのボクに聞かれても困るんだけど…宗教に入るか、宝くじ当たるか、かなぁ」
鈴木慶一似のマスターは、話すと意外とフェアリー系だ。
「それ、要するに自分か状況のどっちかが変われば、変わったってことだよな」
俺はつい真面目に返したが、自分が真面目に考えていることが少し恥ずかしくもあった。
「A田は変わりたいの?」
「俺?」
「いま、夢とか希望とか野望とか、そういう何か、ある?」
「あるっちゃあるけど…」
俺は口ごもった。今の俺の心からの望みは、平凡過ぎて言いにくい。
「なあA田、聞いてよオレの夢。定職に就いて、結婚して、子供持つんだ。ささやかだけど、叶わないんだなこれが」
…同じかい!!
と、俺は心の中で突っ込んだ。モジモジして言わなかった俺が愈々恥ずかしい。しかし同じ夢でも、F岡が言うとまともな夢に聞こえるのは何でなんだ。
「それさ、二十代の若者ならまだしも、四十歳超えたオッサンが語る夢じゃなくね? 俺たちにとってはさ、将来ってのはもう夢じゃなくて、現実の越えるべき壁、ノルマなの」
俺の言葉は、もちろん俺にも突き刺さる。夢は既に『ノルマ』か。ああ、心が痛い。
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