312人が本棚に入れています
本棚に追加
「アリシア。この秘密は、未来永劫守り通さねばならない。分かるな?」
「はい、勿論です。例え我が子でも、この秘密とこの地を守り通す能力を持たず、この扉の真の意味を理解できない者を、後継者とする事はできません」
「お前の言う通りだ」
自分以上に真摯な表情で頷いた妻に、グラウルは若干救われた表情になって頷いた。そこでアリシアが再びタペストリーに視線を戻し、ささやかな願望を口にする。
「いつか……、向こうに行った方々がこちらに戻ってきて、皆で平和に暮らせる日がくれば良いですね」
その可能性は限りなくゼロに近い物であるとは分かってはいたが、同様にそれを理解していながら口に出した妻の心情を想って、グラウルも敢えて否定はしなかった。
「……そうだな。近い未来には実現できそうも無いがな。遠い未来にはそうなって欲しいものだ」
グラウルも本心からの願いを口にしてから黙って梯子を部屋の隅に片付け、アリシアを促してその小部屋を出た。そして礼拝堂がある棟から中央の棟に戻ると、広々とした廊下に、自分達が生まれた頃からこの家を取り仕切っているロイズが佇んでいるのが目に入る。
「グラウル様、アリシア様……」
静かに自分達に指示を求めてきた彼に、グラウルは予定通りの台詞を口にする。
「兄上は逝かれた。その様に取り計らう様に。この近辺をうろうろしている目障りな狂犬共にも、兄上の死体を拝ませてやろうじゃないか。マルテア殿が、棺にしっかり目くらましの術をかけてくれたらしいからな」
舌打ちせんばかりに忌々しげに新しい主が告げると、それを聞いたロイズは一瞬痛ましそうな表情になってからすぐにいつもの落ち着き払った顔付きを取り戻し、白髪頭を深々と下げて了承の返事をした。
「畏まりました。早速領内に告知致しまして、館の皆で葬儀の準備に取りかかります」
その日、グラウル・ツー・ディアルドとその身分違いの妻は、彼が治めていたその地から人知れず姿を消し、地上とは異なる世界に確立したリスベラントが、密かにその歴史を刻み始めたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!