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再び黙り込んだルーカスに藍里が話の先を促すと、彼は真剣な顔付きで言い出した。
「大ありだ。その中から仕事でリスベラントを離れている筈の者を除くと、オランデュー伯爵家の息のかかった家出身の者が、選出される可能性が高い」
しかしそれを聞いても、藍里は軽く首を傾げただけだった。
「もともと想定内よ。因みに、全員息のかかった人間にするとか、そこまであからさまな裏工作をするかしら?」
「さすがにそこまで、恥知らずな真似はしないとは思うが……」
自信無さ気にルーカスが応じ、他の者もその可能性に思い至って難しい顔になっていると、唐突にドアが開いた。
「誰だ?」
入室の許可を得る事もせず、無遠慮に入って来た面々を見て、ルーカスはさすがに顔を顰めたが、入って来た四人の男達の先頭の男が、彼に向かって愛想笑いを振り撒く。
「こちらにいらっしゃいましたか、ルーカス殿下。お久しぶりです」
「カール、お前……」
三十代半ばの旧知の男を見て、おおよその来訪目的を瞬時に悟ったルーカスは、忌々しい気持ちを懸命に押さえ込んだ。そんな彼の目の前で、その男と後に続く三人が揃って恭しく頭を下げる。
「今回の、アンドリュー殿の御前試合の審判を務める事になりましたので、試合前のご挨拶に参りました」
「……白々しい」
対戦相手の藍里の名前に言及しない辺り、どちらに肩入れしているか明白であったが、小さく呟いたルーカスの横で藍里は無言を貫いた。そんな彼女に向かって、男が上辺だけは丁寧に挨拶をしてくる。
「初めまして、アイリ嬢。今回の審判を務めます、カール・ディル・ナーデスと申します。以後、お見知り置き下さい」
そう言ってカールは右手を差し出したが、藍里はそれを綺麗に無視して頭を下げた。
「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。アイリ・ヒルシュです。今日は宜しくお願いします」
カールを初め、その一行は明らかに藍里が握手を無視したのを見てムッとした顔付きになったが、ここで藍里は無邪気とも言える顔つきで、カールに問いを発した。
「ところで、こちらの伝統に関して無知なものでお伺いしたいのですが、御前試合ではどうなったら勝敗が判定されるのですか?」
ここでそんな初歩的な質問が出るとは思っていなかったカールは、一瞬唖然とした表情になったが、すぐに何食わぬ顔で答えた。
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